忘れられる権利が及ぼす影響の予感


忘れられる権利(the rights to be forgotten)をご存知でしょうか。

一昨日、東京地裁はグーグルのサジェスト機能(予測表示機能)に関して表示の差し止めを命じる判決が出ましたが、朝日新聞の天声人語がこの一件を取り上げていました。
その中で忘れられる権利について触れていたのです。

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忘れられる権利は、2012年1月にヨーロッパ(EU)がインターネット上の個人情報保護のための新しい概念を盛り込んだ法案をまとめたことから、昨年話題になりました。
それは、ユーザーが自分のプライバシーに関する情報の削除をネット事業者に要求できる権利のことです。

2011年11月にフランスの女性がグーグルにたいして過去の写真の消去を請求して勝訴した判例やこの忘れられる権利が、今回の東京地裁の判決に影響を与えたのは間違いないのではないでしょうか。

今日、インターネットではあらゆる情報が手に入る時代になりました。
それは溢れる程の情報が身近にある利便性とともに、個人情報が独り歩きしてしまう危うさもはらんでいます。

それが「自動的、機械的」に表示されるとはいっても、罪の無い個人に危害や不利益を与えるものであってはならないと思います。
個人の情報は個人のものでなければならないのです。

ヨーロッパでは法案が提出された2年後の2014年から施工される見込みです。
現実的には、情報削除の運用はどうするのか、グーグルやフェイスブックの考え方と対立する点をどのようにバランスをとっていくか、などの越えなければならないハードルがあります。

そんなことを考えていると、忘れられる権利の実際の効力や運用は、これからのインターネットの世界に大きな影響を与えそうな予感がするのです。