日本のサッカーはターニングポイントを迎えている


サッカーワールドカップ・ブラジル大会が開催されている。

グループCの日本代表は初戦のコートジボワール戦を1-2で落としてしまった。日本らしいサッカーを追い求めてきたはずのザックジャパンだったが、その日の戦いぶりは敗戦以上のショックを私にもたらすことになった。

コートジボワール戦で私が目にしたものは、4年をかけて求めてきた日本のサッカーではなかったのだ。

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怖がっていた

その日、私はテレビの前で日本代表を応援していた。

試合が始まってすぐに気付いたことは、選手の動きが悪いことだった。

「初戦で固くなっている」そう私は思った。

けれど、前線の選手が相手にプレスに走っているのに、後ろの選手が連動しない場面が何度も見られた。ディフェンスラインのあげ方も中途半端に見えた。腰が引けているような状況だ。

「怖がっている」

ここに至ってようやく私は思い出した。彼らの多くがワールドカップ初出場なのだと。

試合の分析は専門家に

試合を見て気付いたことを列挙すると下記のとおりである。
  • パスミスが多かった
  • 選手同士の距離が遠かった
  • 連動性がなかった
  • プレスがかからなかった
  • つなぐ意識が低かった
  • 左の攻撃が機能しなかった
  • ディフェンスラインが低かった
  • 間延びしていた
  • 2分間に2失点というナイーブさが露見した
コートジボワール戦で積み重ねてきたサッカーができなかった原因は、選手のインタビューやインターネットなどをみれば、だいたいのことが想像できる。

けれど、ここではコートジボワール戦の分析をするわけではない。分析や原因の解明、ゲームプランはザックさんや日本代表選手、サッカー解説者などの専門家にまかせておけばよい。

ターニングポイントをつかみ取れ

私が今、切に感じていることは、「日本のサッカーは大切なターニングポイントを迎えているのではないか」ということだ。このことを説明するまえに、近年の日本サッカーの歴史を振り返っておく。

1993年にJリーグができ、その年の10月にドーハの悲劇を経験した。

2002年は日韓ワールドカップが開催された。フランス人トルシェ監督のフラット・スリー戦術のもとで日本代表は決勝トーナメントに進出したが、1回戦で敗退した。

2006年ドイツ大会ではジーコ監督のもと、自主性が重んじられたチーム作りがされたが、グループリーグで1勝もできずに敗退した。日本のサッカーには早すぎたのだ。

2010年の南アフリカ大会にむけては、2006年7月に代表監督にオシム氏が就任し代表チームの「日本化」を標榜してチーム作りを進めた。そのオシム監督は2007年11月に脳梗塞で倒れたため、後任に岡田氏が就任した。代表チームはワールドカップ直前の強化試合で3連敗したことから開幕直前になって堅守速攻に戦術変更を余儀なくされた。結果は決勝トーナメントに進出して2002年以来2度目のベスト16となった。しかし、それまでチーム作りとして取り組んできた戦術を捨てたことに対する後悔が残ったのも事実である。それは、日本サッカーの進歩が足踏み(もしくは後退)したことを意味していた。

日本サッカーは世界が認めるとおり確実に発展した。そしてワールドカップの出場常連国になりつつある今、サッカーの強豪国と伍するためには他国を真似たサッカーでは限界があることに気付いたのだ。日本人は小柄で体格的には劣っているからである。

だからこそ、日本のサッカーとは何かを追求してつくりあげなければならない。日本のサッカーはこうであると明確に示せるようになってこそ、ワールドカップでの頂点を目指すことができる資格を得るのである。

そのために今回のブラジル大会で攻撃的なサッカーをやり抜く必要がある。細かく繋いで相手を走らせる攻撃的なサッカーが日本の目指す方向なのかを確かめなければならないのだ。そこに希望があるのかどうかを見極める必要があるのだ。

中田英寿氏は、日本のサッカーの礎になって欲しいという。朝日新聞では「日本らしいサッカー」よりも勝つサッカーをしてくれと言う。

私は、これからの日本サッカーのターニングポイントとなる何かをつかみ取って欲しいと願っているのだ。