全国高校サッカー選手権大会決勝のPK戦に思う


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第91回全国高校サッカー選手権大会の決勝戦は、悪天候のため19日まで延期となりました。
天候が理由で延期となったのは、史上初めてのことだったようです。

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決勝戦に勝ちあがってきたのは、宮崎代表の鵬翔高校と京都代表の京都橘高校でした。
日程が延びたことで気持ちの維持が難しいのではないかと危ぶみましたが、決勝戦に相応しい緊迫した良いゲームとなりました。

守りの堅い鵬翔に対して、得点王争いを演じている7番仙頭選手と10番小屋松選手を擁する攻撃の京都橘という構図でした。

京都橘の守備力は攻撃力と比べるとやや物足りなさを感じるのは否めないところです。
鵬翔に攻められると簡単にゴール前まで攻め込まれてしまう印象でした。

逆に、鵬翔が得点した2点は、コーナーキックにあわせたヘディングとPKによる得点でした。
華麗なプレイというよりも、手堅い試合運びをする印象をうけてしまいます。

そんな中で鵬翔は、後半から投入した13番中濱選手の存在感が際立っていました。
スピードを活かしたドリブルを武器に、個人でどんどん仕掛けて流れを鵬翔に引き込んでいました。

前半に京都橘が1点リードで折り返し、後半鵬翔が追いつきました。
その後、それぞれ追加点を加えましたが、2-2のまま90分が終了しました。

そして、延長戦も決着がつかずにPK戦にもつれ込むことになりました。

 

ここでボクは、少なからず不安を感じていました。

エースはPK戦ではずすものです。

 

京都橘の1番手である仙頭選手がPKを失敗しました。
不安が当たってしまった瞬間です。

そしてこの最初の失敗が、結局最後まで響いてしまい、優勝は鵬翔高校となりました。

 



PK戦で印象的な試合は、1994年ワールドカップアメリカ大会のイタリアでした。
PK戦最後に蹴ったのはイタリアのロベルト・バッジオ選手で、大きくはずして敗退することとなりました。
イタリアは、1990年のイタリア大会、1994年のアメリカ大会、1998年のフランス大会の3回連続でPK戦の末に敗退しているのです。

日本では、2000年のシドニーオリンピックの対アメリカ戦はPK戦になりましたが、そのときに中田選手がPKをはずしてしまいました。
もっと最近では、2010年ワールドカップ南アフリカ大会のパラグアイ戦で駒野選手がPKをはずしてしまいました。

 

バッジオ選手は、

「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ。」

と言ったそうです。
ですが、ボクのような凡人から言わせると、

「PKを外すことができるのは、PKを蹴った者だけだ。」

となるでしょうか。

高校サッカーの決勝戦でPKを外したのは、その試合にでていたればこそです。

ワールドカップのバッジオ選手も駒野選手もそうです。
オリンピックの中田選手もそうです。

だから、PKを外したとしても、その選手は称えられなければならないと思うのです。

 

 

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